臨床研究を語る

主に循環器の臨床研究について紹介します

抗凝固薬を一生飲ませようとする製薬会社

Elderly AF を読んだ。これはワーファリン投与が困難な超高齢者を対象としてリクシアナ15mgの有効性、安全性を検討した試験である。

 

一読すると、脳梗塞発症率も高いしリクシアナ15mgは出血を増やさず脳梗塞を予防していて素晴らしいように見える。しかし、もう少しきちんと読んでみよう。984人中158人が同意撤回している(16%)。つまりこれらの人たちがどうなったか、まったくフォローできていないということになる。さらに競合リスクである死亡が10%超もある。

 

同意撤回の約40%が動けなくなった、つまりフレイルが強すぎて内服できなくなったという理由である。約1/4が死亡または内服できなくなる患者層にそもそも抗凝固薬が必要なのだろうか。この論文を受け、超高齢者は15mgという流れができてしまっているように思うが、注意したいのは、ELDERCARE AFが非常に特殊な患者層であったことである。組み入れ基準も除外基準も多く、なかなか登録が進まなかったと聞いている。

 

ELDERCARE AFは製薬会社が考案した試験である。筆者たちの大半は試験にほとんど関与していない。つまりリクシアナ15mgの適応拡大目的の商業試験だったということだが、結果的に製薬会社は自らENGAGE の結果を否定してしまった。つまり60mgという用量設定を全否定してしまい、大きな矛盾を作ってしまったのだ。しかも、Elderly AFではワーファリン比較ではなくプラセボ比較として巧妙にENGAGEと比較できないようにしている。

 

最近の抗凝固薬戦略はすさまじく、それは癌患者にも及んでいる。こちらもリクシアナで見てみよう。こちらは治療期間の中央値が211日と非常に短い試験で、死亡率35%以上(!)の予後不良患者層だ。VTE発症率は6~8%だが、その内訳を見てみるとPEは約4%、致死的PEは0%である。我々が恐れるのはDVTでなくPEによる突然死だが、致死的PEは0%だったのである。しかも、大出血が7%となると、なんのために治療しているのか分からなくなる。患者のためというより医師の保身のためだろう。

 

製薬会社は適応拡大に躍起のようだ。高齢者になれば、そして癌があれば当然のごとく血栓は増える。死の直前は血栓は体の中のどこかにはできているものだ。それでも一生抗凝固薬を飲まなくてはいけないのだろうか。

 

今年の日循総会でも話題になったが、我々は手技や薬に頼りすぎているように思う。NOACはパテントが切れる直前まで攻勢をかけてくることだろう。しかし、患者と話し合い、命に限りがあることを患者と共に悟り、時には薬は必要ない、と言ってあげることも医者の使命なのではないだろうか。

臨床研究エキスパート という人達

世の中は言ったもん勝ちみたいなところがあるが、日本では臨床研究エキスパートといえる人などほぼ皆無に等しいと思っている。

自分のことをトライアリストと呼ぶ人もいる。トライアリストというのはトライアル=臨床試験を行うエキスパートのことである。単に臨床試験に参加しているだけではトライアリストではないのだが、自分ではレジストリーしか行っていない人でも最近はトライアリストと言ってしまっているらしい。さらに、大規模臨床試験のサブ解析をしただけで自分のことを臨床研究エキスパートと呼んで本まで書いている人もいる。日本で「生物統計家」として売り出している人達も同様である。臨床試験のことも生物統計のこともあまり分かっていないのに色々なところで講演してしまうので混乱が生じてしまう。こちらの方が小恥ずかしくなってしまうのだが、問題なのは我々の多くが「偽物」と「本物」を見抜く力を持っていないことである。ある程度の肩書きがあれば「本物」に違いないと思ってしまい騙されてしまう。

由々しき事態を打開するには「本物」が多くでてきてくれることを願うしかない。

 

 

 

 

 

STOPDAPT-2

STOPDAPT- 2のコメントを書けず、悶々としていた。

先行研究のSTOPDAPT試験では,everolimus溶出ステント留置後の抗血小板薬2剤併用療法(DAPT)期間を3ヵ月に短縮する治療戦略の安全性が示されている(有効性は示せなかった)。今回はさらにDAPT投与期間を短縮して1ヵ月とし、DAPT 12ヶ月投与と比較したランダマイズド試験だった。

主要エンドポイントは,12ヵ月時の心血管および出血イベントの複合エンドポイント(心血管死,心筋梗塞,ステント血栓症脳卒中,TIMI出血基準の大出血または小出血)であった。最近ではイベント発症率が低いため、安全性と有効性を合わせた複合エンドポイントが使用されていることが多く解釈に注意が必要である。

登録症例は3,009例で、主要エンドポイントの発生率は、1ヵ月DAPT群が2.4%、12ヵ月DAPT群が3.7%であった(HR:0.64、95%CI:0.42~0.98、非劣性p<0.001、優越性p=0.04)。*非劣性マージンは50% (非劣性マージンは高めの設定)

副次エンドポイントの死亡、心筋梗塞脳卒中、ステント血栓症の発生率は、1ヵ月DAPT群が2.0%、12ヵ月DAPT群は2.5%であった(HR:0.79、95%CI:0.49~1.29)。非劣性p=0.005、優越性p=0.34)。
同じく副次エンドポイントのTIMI出血基準の大出血または小出血の発生率は、1ヵ月DAPT群が0.4%、12ヵ月DAPT群が1.5%(HR:0.26、95%CI:0.11~0.64、優越性p=0.004)。

これは恐らく予想された結果だった。すなわち恐らく出血は減るが、血栓症はもともと発症率が低いし、検出力が低いので優越性は示せない。日本の研究はサンプル計算に問題があり、しばしば検出力不足と海外にたたかれてしまう。実際、その後発表されたTWILIGHT試験の方が脚光を浴びたのはもったいないとしか言いようがない。しかし、それでも韓国のSMART-CHOICE 試験がSTOPDAPT2試験 と同時に発表され、アジアからのデータと一蹴されずにすんだことは良かった。

それではこれで全ての症例が1か月DAPTで良いかというと筆者は違うと思っている。本試験は1万人リクルートしているが、登録に至ったのは3000名である。また、特に医師の判断と患者の意向で登録に至らなかったのが3000名いることも注意が必要だろう。一連の試験で言えることは、ステントの性能が向上し、DAPT期間を短くできる患者がいる、ということであり、全ての患者に一律に当てはまることではない。

それでも世の中の流れを変えたこの研究は素晴らしく、京大らしい研究だった。

 

https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2736563

 

1 vs 12 Months of Dual Antiplatelet Therapy for Patients After Percutaneous Coronary Intervention—Reply | JAMA | JAMA Network

 

 

New England Journal 名物編集長交代 チャンス到来か?

19年にわたりNew England Journal of Medicineの編集長を務めたJeffrey Drazen氏が最も印象深かった論文12本を発表した。いずれもなるほどと思わせるような選択である。是非ご一読を。

https://cdn.nejm.org/pdf/Drazens-Dozen.pdf

 

Drazen 氏は古典的な大規模RCTを好んで掲載した為、企業との癒着だ、と批判とされたこともあった。しかしこれは大規模RCTに対するやっかみだろう。

 

個人的には姉妹ジャーナルをだしているLANCETやJAMAよりも孤高の雑誌NEJMの方が潔く見える。Lancetは教授という肩書を重んじることでも有名で、共著者リストはわざわざDr.からProfessorに変更することになる。

 

NEJMに話を戻そう。Drazen氏の引退後に何が変わるのか。大規模RCTの人気は当分続くが、ビッグデータ解析論文が増えるのではないかとささやかれている。またネガティブトライアルも掲載するようになると言われている。本当のところは誰も分からない。単なる希望的観測のようにも思えるが、商業雑誌の波に飲み込まれず科学の質を保ってほしいと切に願うばかりである。

 

 

 

 

京都大学からSGLT2 阻害薬DECLARE TIMI 58試験とSTOPDAPT2試験

ACC 2019 学会記
DECLARE試験とSTOPDAPT2試験

 

 

 

今回のアメリカ心臓病学会で特に楽しみにしていたのが2名の日本人医師によるLate Breaking Clinical Trialの発表である。まず口火を切ったのは京都大学医学部附属病院加藤恵理先生だった。加藤先生は新進気鋭の女性医師でハーバード大学 TIMI Study Groupに留学した唯一の日本人医師で有名だ。

 

加藤恵理先生の発表はDECLARE-TIMI 58の心不全サブ解析であった。SGLT2阻害薬の大規模臨床試験のうち初めてのEFによるサブ解析である。HFrEFをEF<45%と定義し、HFrEF 以外と比較した。結論は以下の通りであった。

 

ダパグリフロジンはEFに関わらず広い患者層で心不全入院を抑制
ダパグリフロジンはHFrEF患者で心血管死、全死亡を有意に抑制

 

DECLARE TIMI 58が心不全患者を対象としていなかったこと、HFrEF患者数が少なかったこと(671人)を指摘される声もあったが、45%の心血管死、41%の全死亡抑制という圧倒的な結果となんともインパクトの強いグラフは印象的だった。また、質疑応答ではダパグリフロジンがEFに限らず心不全入院を抑制することを述べていた。今後、SGLT2阻害薬の心不全データが続々と発表される予定ことが予想される。

 

日本人医師があのTIMI Study Groupを代表して発表していることに驚いていたが、納得させるプレゼンテーションのクオリティーだった。全てが論理的で隙がなく、その説得力は圧巻だった。ここまでの実力があり、海外に通用する日本人医師はそうそういない。ましてや、男性社会の循環器内科で女性医師というハンデを覆すには弛まない努力をされてきたことが容易に想像でき、尊敬に値する。若い女性医師が活躍するためにも、日本の循環器界全体でサポートすべき貴重な人材と感じた。

 

尚、TIMIのホームページには今回のACCでのスライドが掲載されているが、加藤先生の発表スライドには京都大学のマークが入っているのを見て胸が熱くなった。日本人医師の一人として誇りに感じる業績である。日本では臨床試験をきちんと学んだ医師はいない。Nが多いことでIFの高い雑誌に掲載できてもきちんとした試験であるかは甚だ疑問である。それに比べると加藤先生は間違いなく唯一無二の存在である。

 

論文 Circulation 同時掲載
https://www.ahajournals.org/doi/10.1161/CIRCULATIONAHA.119.040130

スライド
http://www.timi.org/uploads/pdfs/ACC.19/Kato%20HF%20ACC%20slides_final_TIMIweb.pdf

ツイッター
https://twitter.com/TIMIStudyGroup

インタビュー
https://cvgk.nl/2019/03/25/klinisch-voordeel-met-sglt2-remmer-in-diabetespatienten-met-hf-onafhankelijk-van-ejectiefractie/

Ciculation on the Run May 27, 2019
https://podcasts.apple.com/us/podcast/circulation-may-27-2019-issue/id1108662449?i=1000439818888


2人目は同じく京都大学医学部附属病院の渡辺ひろとし先生で将来を有望視されている若手医師である。待ちに待ったSTOP-DAPT2の結果が満を持して発表された。STOP-DAPT2はNEJMに掲載される予定らしく詳細はそれを待って報告しよう。